『ワイルド・ビル・ヒコック』デッドマンズ・ハンドの男とは!?

デッドマンズ・ハンドというポーカの手札をご存知ですか?

別名、死人の手札!そんな、いわくつきのデッドマンズ・ハンドの由来に当たる人物が今回ご紹介するワイルド・ビル・ヒコック!

ワイルド・ビル・ヒコックの最後は射殺という結果で生涯を閉じました。ポーカーの真っ最中での出来事であり、死の間際に握っていた手札が黒のエースと8のツーペアからデッドマンズ・ハンド名付けられました。

そんないわくつきの男はどんな人生を送ったのか?また、彼の経歴などを通してワイルド・ビル・ヒコックの人物像に迫っていきます。

ワイルド・ビル・ヒコックとは

ワイルド・ビル・ヒコックは、アメリカ西部開拓時代のガンマン、北軍兵士として名を轟かせる。

容姿は190cmを越える長身でカスタムメイドのブーツ・黒い帽子・肩にかかる長髪・ガンベルトには愛用のスミス&ウエッソン・灰色の鋭い目などハリウッドスター顔負けの色男。

生まれはイリノイ州トロイグローブであり、1837年5月27日にウィリアムアロンゾとポリーバトラーヒコックとの間に誕生。

本名はジェームズ・バトラー・ヒコック。高い鼻とややめくれあがった上唇からダック・ビルを省略してビルというあだ名で呼ばれる。

1855年に西に移動し、カンザス州のジェームズレーン将軍の自由国家(反奴隷制)軍に参加。 後にカンザス州ジョンソン郡のモンティセロ郡の巡査に選出される。

また、南北戦争時にカスター大佐が率いる第七騎兵隊に偵察兵として参加し数々の功績を上げ、大佐から「男の中の男だ」とまで言わしめた力に秀でた存在であった。

カスター大佐の実物写真

カスター大佐

ロックリーク事件で一躍有名に!

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ワイルド・ビル・ヒコックの象徴的な地位を決定つけたのは、1861年7月のネブラスカ州で起きたロッククリークでのマカンレス虐殺での銃撃戦が大きな影響を及ぼしています。

事件の全貌として、南部派の10人の男に襲撃されるが、ビルは6発の銃弾で6人を射殺、1人を鉄拳葬り、残り3人をナイフで刺殺。彼自身も24ヶ所の傷を負ったとされる。

この出来事はすぐに新聞と雑誌の格好の標的となり、アメリカ全土にワイルド・ビル・ヒコックの名が知られるようになりました。また、は生涯で100人以上の殺害を起こしていると報告されています。

南北戦争中、ワイルド・ビル・ヒコックは北軍で民間人スカウトとして働き、後に司令官まで上り詰める。確固たる記録は存在しませんが、彼は1865年の退任前に南軍の北軍スパイとして活動していたとも言われています…..。

デッドマンズ・ハンド誕生

南北戦争での任務の後、ワイルドビルヒコックはカンザスに移り、ヘイズシティの保安官とアビリーンに任命される。

各地の保安官を務め正確に相手の胸を射抜く一流の銃の技術と無法者に対して容赦なく発砲する最強の保安官として名を馳せました。

保安官時代のワイルド・ビル・ヒコックは6年間で36人以上を射殺するなどここでもくの武勇伝を残します。

また、バッファロービルコーディのワイルドウエストショーに出演し、最高のガンファイターとして名声も手に入れる!

1876年、ワイルドビルヒコックは緑内障を患っていました。法執行機関以外の手段で生計を立てることが困難となり、彼は町を転々としギャンブラー(ポーカーを主に)として旅にでます。

サウスダコタ州デッドウッドに留まっている時に、ワイルド・ビル・ヒコックはNuttal&Mann’s Saloonの正規のプロポーカープレーヤーになる。

そして1876年8月2日の午後……….

ワイルド・ビル・ヒコックは死ぬことで皮肉にも新たな伝説『デッドマンズ・ハンド』を後世に残す!

最後の瞬間、彼はドアに背を向けてポーカーをしていました。そこに、ジャック・マッコールという名前の若い漂流者が入り、後ろから静かにリボルバーを引きワイルド・ビル・ヒコック側頭部を撃ち抜いたのです。

その時に保持していた手札が黒のエースと8のツーペアであったことからデッドマンズ・ハンドという名を持つことに。

死んでさえ、名を世間に知らしめられるのは、ワイルドビルヒコックの生き様は普通の人には決して真似できない唯一無二の存在だったからでしょう。

あとがき

加害者であるマッコールはワイルド・ビル・ヒコック殺害翌日に裁判にかけられる。

犯行理由として、兄弟をワイルドビルヒコックに殺されたと裁判官に証言後、1度は無罪であると判決される。

しかし、後にマコールには兄弟がいないことが判明し、1876年8月29日にララミーで逮捕・1877年3月1日に絞首刑に処されました。

色々とツッコミどころが多々ありますね(笑)身辺調査しろよ!ってか事件翌日に裁判って….当時は事件操作も現在と比べられないほど雑だったのでしょう。

さて…今回は、ワイルド・ビル・ヒコックとデッドマンズ・ハンドの結びつきと彼の衝撃的な人生について書きました。

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また、デッドマンズ・ハンドからポーカーに興味を持たれたらポーカー解説の記事が参考になりますよ。

それでは、本日はここまで!