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『1994-2018』その時オンラインカジノが動いた!

オンラインカジノの歴史画像

1994-2018 その時オンラインカジノが動いた

ふっとオンラインカジノの歴史について考えた時に、オンラインカジノはヨーロッパで1990年代から始まったや日本では2000年半ばからから浸透してきたなど断片的な情報でしか把握していないことに気が付いた今日この頃。

【いつ】【どこで】【浸透したきっかけは?】【オンラインカジノ業界の経済成長推移は?】など様々な疑問が頭をよぎったが、それらについて明確な回答がでてこないこのモヤモヤ感!わかりますか??あのいっーってなるやつです(笑)

じゃあ、調べてやるよ!(切れ気味)っということで、オンカジの歴史についての調査し、今回お伝えいたします。

オンラインカジノ発足

最初に調べたのが、オンラインカジノっていつできたの?ってことです。調べてみると、イギリス連邦加盟国アンティグア・バーブーダがオンラインカジノの正式ライセンスを発行したとされ、同年に設立したマイクロゲーミングが【我々が最初だ!】と主張しています。しかし、こういう最初は誰?などの場合に良くある、他の企業も同様に同じことを主張しているために、実質どこが最初のオンラインカジノかを明確に決めることは困難な状況となっています(最初に言ったもん勝ちなら、マイクロゲーミングが有利かなと(笑))

ちなみに、その同様の主張をしているのが1995年設立したCryptoLogic社です。マイクロゲーミング、ボスメディアと共にゲーミング会社の創世記を築きあげました。

CryptoLogic社が管轄しているカジノブランドとしてはインターカジノがあります。

1996年にオープンしました同ブランドは間違いなくオンラインカジノ最古参ブランドとして現在も第一線で活躍しています。

そういう所以もあって、最初のオンラインカジノとして手を挙げているのではないでしょうか。

イギリス連邦加盟国アンティグア・バーブーダとオンラインカジノの関係

カリブ海の小国。
人口は68,722人(2005年7月)
イギリス連邦に属します。
2003年の一人当たりGDPは11,124ドルと、比較的豊かな国となります。
オンラインギャンブルの本拠地が集中し、今でも多くのカジノ運営者がライセンスを取得しているオンカジ人気国です。
これは、自国でのギャンブル法律の障壁があり、オンラインカジノ事業の立ち上げが困難だった人が集まってきたため。
ハリケーンで農業や観光が壊滅的打撃を受けた時も、オンラインカジノ事業は問題なく行われていたので、アンティグア政府自身が有望なビジネスとして注目した。と言われています。

マイクロゲーミングとは

1994年に設立された”オンラインカジノスロットソフトウェア―会社”600種類を超えるゲーム数を取り扱い、殆どのオンラインカジノブランドで採用されている人気ゲーミング会社です。その技術はラスベガスやマカオなどの本場のランドカジノでも採用されています。スロットだけではなく、ライブゲームにも力を入れているオンラインカジノ業界のパイオニア的存在。

オンラインカジノ人気はいつから?

次に興味が沸いたのが、いつから人気がでたの?ということです。調べていくうちに

アノ超有名会社がオンラインカジノの認知度を世界中で急速に広めたことです。

それは、1995年に発売した【 Windows 95】です!

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Windows95とは

マイクロソフト社がWindows 3.1の後継として開発・発売したパソコン用オペレーティングシステム(OS)。本格的なGUIを備える。発売当初の数週間で出荷数は700万を超え、パソコンの普及に貢献した。

Windows95の発売以降、パソコン売り上げ台数が爆発的に伸びたことにより、多くの人々がパソコンを所有し、その結果、インターネットも急速に復旧していきました。

先の理由から、オンラインカジノ業界がヨーロッパ諸国にて躍進していきました。

そして日本では、2000年代半ばから徐々に復旧していきます。

国内でもWindows95の発売は大きく取り上げられ、売れたにもかかわらず、ヨーロッパよりオンラインカジノの復旧のスピードの違いは何かと考えた時に以下の理由が推測できます。

オンラインカジノ浸透スピードの違い

☞カジノに対して免疫がない

当時日本では、カジノ法案がなく(今年ようやくカジノ法案が可決されました)ヨーロッパ国よりカジノに対しての免疫、知識が乏しく避けられていた。

☞日本語サポートがない

これが一番の原因かと!やりたくてもできなかったです。現在は多くのカジノブランドが日本語対応サービスを提供していますが、当時は英語が必須となり、英語能力がなく遊びたくても遊べず、泣き寝入りをした方もいるのではないでしょうか。2000年代半ばから少しずつ各カジノブランドが日本マーケットに進出し、2010年代からは日本語カスタマーの充実はもちろん、日本メンバ限定ボーナスなど他社との差別化を図るマーケティングが功を奏し、現在に至るかと。

☞インターネットスピード

これは個人的予想ですが、インターネットのスピードが安定していない(遅い)

のも関係してきているのではないでしょうか?今でもたまに、スロットを遊んでいて固まったり、動きが遅くなるんですよ(笑)当時は、ADSL回線で今の光高速なんちゃらと比べるとスピードは格段に遅かったです。

快適なインターネットライフを手に入れた今!だからこそオンラインカジノで気軽に遊べるのではないでしょうか。

そして、IT革命に大きな足跡を残したアレの功績もオンラインカジノ業界に多大なる影響を与えたのではないでしょうか?

iPhone3G登場

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iPhon3Gとは

説明不要なほど一般に認知されたスマートフォンの先駆者ですが、念のために記載しておきますね。

iPhone 3Gは2008年7月に発売されました。特徴は、名前の通り「3Gネットワーク」に対応したこと。また、アプリを配信する「App Store」に対応したことでアップル純正以外のアプリのダウンロードが可能になりました。ここから「スマートフォンの機能をアプリで拡張する」って考え方が生まれました。

当時は「ボタンがないなんて考えられない」「タッチパネルは使いものにならない」「日本のガラケーのほうが高機能」なんて日本のメディアから悲観的なコメントも多かったです。その後、各メーカーがスマートフォンの開発、制作に力を入れて昨今のモバイル情勢が築き上げられました。

そして、カジノ業界もこのスマートフォン事業に目を付け、完成したのがモバイル端末でも遊べる各カジノのプラットフォームです。

今では、どこのカジノでもPC、モバイル対応は当たり前になっていますが、それも2010年代以降の事です。

2011年にモバイル対応を強みとしたカジノブランドとして登場したのが【ベラジョンカジノ】です。

現在の、日本オンラインカジノでの地位を見てみると当時からスマートフォンの重要性にいち早く気付き、先手を打った同ブランドの行動は流石の一言です。

やはり、人気があるカジノには明確な理由が備わっていますね。

オンラインカジノの経済推移について

最後にオンラインカジノのお金についてです!結局いくら儲かってますの?と思い調べたところ…..2017年は50.65ビリオン!!

ん?桁が違いすぎて飲み込むのに多少時間を有しました(笑)

日本円に換算すると約500億円となっています。

今年2018年の売り上げ見込みは、56.05ビリオンで、去年のディズニーの売り上げが52.47ビリオンですので、まさかの夢の国越え!となっております。

下記が、年度別のオンラインカジノ売り上げ推移表となります。

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上記画像を見ていただくと右肩上がりに売り上げが推移しているのがわかりますね。

プレイヤー1人当たりの単価が年々上がったというよりは、オンラインカジノをプレイする人口が世界中で急速に増えたからだと予想できます。

まとめ

  • 1994年アンティグア・バーブーダがオンラインカジノの正式ライセンスを発行した
  • 初のオンラインカジノはマイクロゲーミングが有力
  • ヨーロッパでは、windows95発売以降に、オンラインカジノが広がっていった
  • 2010年代から、各カジノの日本マーケットの拡大やサポートの質が向上した
  • iPhone3G発売に伴うスマートフォンの復旧から手軽にオンカジを楽しめるようになった
  • 2018年の売り上げ予想が約560億円

日本でもオンラインカジノにまつわる出来事が様々ありましたが、現在の世の中でなくてはならない必需品となったパソコンとスマートフォン。この二つの産業が生まれた当初から密な関係性があるオンラインカジノという産業の勢いはしばらく留まることを知らないのではないでしょうか。

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それでは、本日はこれにて。

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