『井川意高』大王製紙事件で106億円を溶かした真相とは!?

2011年世間を騒がした『大王製紙事件』はご存知でしょうか?

当時の社長であった『井川意高』不正に巨額融資を受け、

私的流用した背任事件で、私的流用した額は何と106億円!!

そのお金をすべてカジノで利用しギャンブルの魔力に取りつかれ、日本社会を揺るがす逮捕劇にまで発展した経緯とは?

また、この事件を引き起こした張本人『井川意高』の人物像に迫っていきます。

大王製紙事件

大王製紙事件とは、井川意高が連結子会社7社から受けた借入額総額106億円を私的流用でカジノで使い込み、多額の損失を生み出した。

借入回数は11回にもわたり行われ、多い時には1回で22億5000万円を借り入れています。

驚くことに僅か1年と4か月間で106億円という巨額の大金が動いたことになります!

借入時期借入額
2010年5月5億5000万円
2010年6月9億5000万円
2010年10月5億5000万円
2011年1月11億円

2011年2月
10億円

2011年3月
5億円
2011年4月6億5000万

2011年6月
10億3000万円

2011年7月
22億5000万円

2011年8月
11億円
2011年9月10億5000万円

また、井川意高は事件発覚前に、3回返済しています。

返済額としては、2011年4月に21億円、同年6月に8億4300万円、同年7月に12億5700万円で合計返済額は42億円にとどまり、残る63億円は未返済となっていました。

この事実は2011年9月に発覚し、井川意高は会長職を辞任しました。

同年11月21日、大王製紙は井川意高が子会社7社から不正に借り入れたとして告発、翌22日、会社法違反(特別背任)の容疑で東京地検特捜部に逮捕される。

その後の経緯として、

  • 2012年10月10日に東京地方裁判所は井川に対して懲役4年の実刑判決を言い渡し、弁護側は判決不服として即日控訴
  • 2013年(平成25年)2月28日、東京高等裁判所は1審を支持して控訴棄却、弁護側は3月4日に上告
  • 同年6月26日、最高裁判所は井川の上告を棄却し、執行猶予無しの懲役4年とした1・2審の実刑判決が確定判決
  • 2016年(平成28年)12月14日、仮釈放
  • 2017年6月、刑期満了となり釈放

次項目では、エリートの中のエリートである井川意高の経歴や人物像に迫っていきます。

どんな人生を歩めば、このような世間を驚愕させた事件を引き起こしたのかが見えてくるはず?…かと。

井川意高の経歴

井川意高の顔写真

 

井川意高は、1964年に大王製紙創業者である井川伊勢吉の孫、2代目となると井川高雄の長男として誕生。

小学校までは愛媛県で育ち、後に東京に転居。

子供のころから成績が優秀で、代ゼミの模試で全国2位になったこともあり、父に行けと言われ、東大を目指すことになります。

そして筑波大学附属駒場中学校・高等学校を経て、現役で東大法学部に合格。

父からの合格祝いは、1200万もする高級車(BMW635)がプレゼントされる。

※もう、合格祝いから一般の感覚とは大きくずれていますね(笑)

大学生の頃から帝王学の一環として銀座のクラブで財界の大物と交流するなど豪遊を行い、そして、大学を卒業し1988年4月、大王製紙に入社。

島工場次長、常務取締役、専務取締役などを経て2007年4月、42歳という若さで大王製紙の第6代社長に就任。

英才教育を受けた本物エリートであり、自頭はかなり良く仕事の評価も大変よかったそうです。

社長就任後もその力をいかんなく発揮し、一時は赤字だった経営を黒字にするなどの手腕を見せました。

しかし、大王製紙事件の発覚から2011年6月に、182億3400万円という巨額の赤字を記録し、責任を取る形で社長を辞任して会長へと退きます。

カジノにはまった経緯

マカオのカジノ

井川意高がギャンブルにハマってしまったきっかけは、経営者家族の何人かと、オーストラリアのゴールドコーストでプレイしたバカラと言われています。

その時、100万円からスタートし、最終的には2000万円の大勝利を収めたのです。

この時の勝利の喜び高揚感を忘れられずに、ギャンブルの沼に落ちていくこととなりました

当初は、カジノに行くのは1年に1回、もしくは2年に1回くらいでしたが、友人がマカオのジャンケットの資格をとったことから状況が大きく変化しました。

ジャンケット

富裕層(VIP)などのハイローラーをマカオカジノへ連れてくる仕事がジャンケットと呼ばれる商売。

招待者の世話やお金の借り入れなどを受けている。

それから、井川意高のカジノでも負け額が蓄積し、ジャンケットを通じて借り入れたカジノ側への借金が増えていったのは容易に想像できますね。

このような背景から大王製紙事件へと大きく発展していくこととなりました。

井川意高の現在


現在は小さい会社を経営しているそうでギャンブルで横領した借金は、全額返済ずみ!

また、多くのテレビ・メディアを通じて当時の事件やカジノ法案について見解をのべたりコメンテーターや執筆活動をされています。

ホリエモンと共同で『東大から刑務所へ』や『熔ける/とける』などの懺悔録などを出版されたりで、これらの売り上げも相当なものなので、横領額の返済にも大きく貢献していることでしょう!

 

今回はカジノの魔力に魅せられ、社会的事件へ発展した大王製紙事件の井川意高について書いていきました。

何事もほどよく行うことが、波風たてずに人生を生きていくコツかもしれませんね。

まあ、突き抜けたことをしないと大金を手に入れられないのも事実ではありますが(笑)

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